・・・と参りたいところではありますが、まだまだ日は高い。
お昼ですもの、当然です。
Hôtel Hermitage Monte-Carlo (オテル・エルミタージュ・モンテ カルロ)内をちょっとウロウロ。
ちなみに宿泊致しましたお部屋、日中はこんな感じ。 このホテル、きっといちどは誰しも迷子になるのではないかしらと思うほどに建て方が複雑。
下の写真の奥に見えるのは、2番目のロビーとされるややこじんまりとした空間。 優雅で女性的なホテルと表現されるのも納得の廊下。
ここを抜けるとエレベータに到着するのですが、それがまた−2階とか3階とか・・・
慣れるまでは???の連続。
さて。
そんなややこしい迷路のようなホテル内を端に向かい、予約致しております Thermes Marins Monte-Carlo (テルム・マラン・モンテカルロ) へ。モンテカルロでスパ体験であります。 重厚なレストランを突き抜けると、目眩がしそうな白い大理石の空間。
地下通路で直結しておりますドアの向こうには、陽が燦燦と降り注ぐ室内プールがあります。
西洋一のスパ施設と評される 『テルム・マラン』 へ。
イメージするならば、ギラギラしたモナコにひっそり佇む真っ白な空間。
受付を済ませてバスローブに着替え、先ずは施設内のレストランでカロリーを控えたのランチを頂く。
テラス席には時折天井からふわりとひろがるミスト、清涼感を誘っております。
周囲は見るからにモデル・お金持ちといった風貌の方ばかり。
一瞬肩身の狭い気もするも、彼ら彼女らは私達のことなんて気にもしていないので気も楽ってもの。
見たことも体験したこともない最新式の器具を使い、全身に海草パックを施術してもらう。
その後、夢のようなマッサージが待っているのですが、その前に白い密室に通されてひとり立たされ、消防ホースのような勢いのウォータースプラッシュを施されます。
まるで “氷の微笑” のシャロン・ストーンよろしくすらりとした脚を組んだ女性が、白い大きなサングラスをかけて消防ホースでアジア人に勢いよく放水する・・・
主人曰く、 『なんだかさぁ、僕、流石に情けなかったよ』
彼のその時の描写が兎に角面白くて面白くて・・・
『あの人さぁ、なんか変わった昆虫でも捕まえて遊んでいるような気分だったんじゃないかなぁ』
『同じ人類とは思えないじゃん、なのに嫌な態度じゃぁないんだよね、余計に悲しかったよ』
『紙パンも水の勢いでズレてくるしさぁ、脱げたらどぉしようかと思ったよ』
・・・ごめん、主人。
思い出しても大爆笑してしまう私を勘弁してね。
そんなスパで体験した辱めはころりと忘れ、いよいよ夕方近くになりましたのでお出掛け致しましょう。
いよいよディナー、Jacque・Maximan (ジャック・マキシマン)のお店に向かいます。
先ほどもちらりと言及致しました2番目のロビー、ここから出発し、徒歩でモンテカルロ駅へ。 駅まで距離的にはほんの数分なのですが、兎に角続く坂・坂・坂。
細くて長い階段を楽しんでおりましたのも最初の数分、普段の運動不足が祟ります。 でもそこはモナコ。
間から見える美しい風景に励まされ、よれよれにはなりつつも無事駅構内に到着。
主人が事前にネットで予約しておいてくれた予約番号、これを駅の自動券売機に入力。
クレジットカードを挿入して鉄道(SNCF)のチケットを購入。
主人のこういった用意周到なところ、本当に感心致します。私には到底出来ない大技です。
2階建て電車の2階 窓際に陣取り、コート・ダジュールの海を右手に眺めつつ目的地に向かいます。 途中の駅構内、トイレの位置を示す足跡マークの可愛らしさについ微笑んだりして。
モナコを離れ、各駅停車で10駅離れたクロ・ド・カーニュ駅で下車。
のんびりとした無人駅を出てしばらく歩くと、海沿いの道 (プロムナード・ラ・プラージュ) に出ます。
夕暮れ時の穏やかな時、泳ぐ人、釣りを楽しむ人、ジョギング中の人、スケボーで通り過ぎる子供、海辺で黙々とひとり腕立て伏せをする男性・・・
モナコの空気が嘘の様な穏やかな田舎町。
ベンチに座って夕日を眺めていた老夫婦に写真を撮っていただきました。 『さようなら』 と日本語でご挨拶をして下さったおじいさん。
麻のスーツを着た素敵なお婆さんがお隣で微笑んでくださいました。
さぁ、予約時間となりました。
いざ、ジャック・マキシマンのビストロ 『Bistrot de La Marine (ビストロ・ドゥ・ラ・マリン)』 へ。
ここから一部前編と重なりますが、主人がうるさいのでこれも備忘録。
海沿いの古い家屋を改造したジャックのビストロ。
2013年に星を失い、今はミシュランとは無縁のお店として君臨しているそうです(主人談)
今から30年以上も前、ニースのホテルネグレスコのメインダイニング “レストラン・シャンテクレール” を2つ星に導き、ご自身も31歳の若さでにMOFを取得。
80年代前半にはフランスでもっとも輝いていたシェフの一人、それがジャック・マキシマン氏。
そのジャックが紆余曲折を経て、ニースとカンヌの間に位置するカーニュ・シュル・メールというこの小さな田舎町でビストロを営業している・・・ここが主人の気を大いに惹いたらしい。
お客様は皆テラス席を選びますが、私達の目的はジャック氏その人ですもの。
当然室内に・・・って、あら?室内客は私達ふたりだけ。
とりあえずヴァン・ムスーで乾杯した後、メニューをひろげます。
ちなみに夜のメニューはアラカルトのみで、前菜・魚料理のみで肉メニューはなしといった潔さ。
ワインは、お店の方が薦めて下さったプロヴァンスのローカルワイン (白) を頂きます。
先ずは迷うことなく小イワシのフリット。 小イワシというには大ぶりなイワシが、フワフワの食感で見事に完成されております。
レモン・タルタル・お塩が添えてあります。
普段ならば絶対別添えの塩・タルタル等は使わない私ですが、サービスの方に進められて渋々お塩をつけて一口食べてみる・・・美味しい、何故?
そのままでも充分お塩が効いているのに、なぜ追加しても美味しいの?
タルタルも然り。不自然な酸味が全く感じられず、兎にも角にも美味しい。
本場本物のニース風サラダは、季節が限定されているとか。
サラダに感動するなんて・・・崩れ落ちそうなくらい美味しい。
メインとして、私はアンコウとジロール茸のお皿。 主人はサーモン・アメリケーヌ・リゾットの組み合わせ。
当然主人はこれを選ぶでしょうといった顔ぶれの集結した一皿。
スーツケースの底に忍ばせ、日本から持参したジャックの古い本。
サインを頂戴し、ワインも回ってすっかりご機嫌な主人。 主人はジャックのお料理にすっかり魅了されてしまったようです。
次来る時は、この辺りに宿を取って毎日通うと。
メニューの上から順番に全部食べてみたいと。
もちろんデザートも頂きます。
私は桃のガスパチョ、主人は・・・えっと・・・ヌガーの入った何か。
今どきの佇まいでないところにジャックの魂を見た気が致します。
ここからは主人の感想。
- 料理の特徴は、何となくラーモニーの山村シェフのお皿を荒々しくしたような感じ。
でも同じ路線に乗ってるところを見ると、同じ時代を生き抜いたシェフは、やはりどこか同じ延長線上で繋がっているのだろうか・・・
難しいことは分かりません。
また来たいっていうのなら付き合ってあげるから、もぉ帰りましょ。 最後に、もう一枚ジャックと主人の写真。
お店の閉店時間を過ぎてしまったというのに、わざわざ待っていてくれたジャック。
ちらりと主人が厨房を覗くと、精根尽き果てたジャックがぐったり腰掛けていたそう。
『あしたのジョーかと思ったよ』と主人。
あまりに主人が嬉しそうに語るので、私の写真は切り取っておきました。 ごめんね、ふたりだけで一枚写してあげれば良かったわね。
。。。バカな主人。
最終電車が行ってしまうまでお店に居座らなくても良いのに。
急きょ予定を変更し、宿泊先のエルミタージュに電話してホテルからリムジンを回してもらう。
お店の前で余裕の一枚。 ジャックのお店で食べた支払い額より、帰りのリムジン代の方が高くついたのが残念・・・と主人。
今回の旅で主人が最も興奮した1日でありましたとさ。
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